【しごと】受け入れた先にあるもの〜地から5号

【しごと】受け入れた先にあるもの〜地から5号

先日、久々に音楽ライブに足を運びました。
ギターそして三味線という異色のコラボでしたが、
やっぱり生音、生声は良い。思いが直接伝わってきます。

びっくりしたのは、出演者のおひとりが
以前インタビューしたアコースティックギターデュオの
メンバーだったこと。バンド名を聞いてはたと思い出しました。
当時、メジャーデビューを果たしたばかりでした。

才能があるとか、感性がいいとかいうよりは
売れた・売れないがものさしの音楽業界を去って10年以上。
この間、どんな紆余曲折があったか私は知りません。
でも、ジャャン、とかき鳴らしたギターのフレーズだけで
「この人はずっと音楽を続けていたんだ」
というのがわかり、ぐいっと引き込まれました。

例えば別の世界 生きることになっても

その時は 笑顔で手を振るよ Yah Yah

バンド活動を終える直前に作ったというその曲の、
あまりにもストレートすぎる歌詞。
何かが終わったあとも続いていく人生の道のりで
何を標べに、支えにして歩いていくか。
大事なのはそこからだぞと、
その彼は全身全霊を込めて表現していました。

***************************


生まれ故郷で商いをする。
そんな、ハードルの高い生き方を選んだシェフのお話を
「地から」と言うミニコミ誌にて書きました。
現在、書店やWEBなどで絶賛販売中です。

誰もがどこで暮らすかを自由に選べる時代に
郷里に戻って、家族と、そこにつながる地域社会のなかで
自分なりの価値観や理想をかたちにするというのは
案外と難しいものです。

なにしろ同じような環境で育ち、同じようなものを食べ、
同じように生活の糧を得、いいことや悪いことまで
みんなで分かち合ってきた人々が暮らしている世界です。
考え方や価値観だって自ずと同じになるはずです。
そういう「核」があるからこそコミュニティは成り立ち、
その一員となることで、私たちは平穏に暮らせているのだし。

帰郷当初はそんな地域コミュニティが狭量に見えて
神経をすり減らしたこともあるとシェフは言いました。
我を通せば反発を受けることは然り。でもシェフは
「ローカルでやることは受け入れること」と言いきりました。

20代のほとんどを東京で過ごした私自身も、
帰郷してからずっと、違和感と一緒に暮らしてきました。
それが自意識過剰に過ぎないと気付いたのは、つい最近のこと。
偶然が重なり、地域との新たな繋がりが生まれてからです。

大きな器に注がれた、具沢山のスープ。
食材が渾然一体となり、奥深い味わいを醸し出す。
「受け入れること」と聞いたとき、そんな光景が浮かびました。
料理が食材の組み合わせや相乗効果によりどれひとつとして
同じものができないのと同じように、結局は生き方も
関わる人との関係で想像を超えて変化していくのではないか。

それを、シェフは故郷で実践しているのです。
しかも実に楽しそうにしながら。
過去をリセットしなくても、新天地を目指さなくても、
自分らしく生きる方法は自分の足元にある。

他にも「地から」の紙面には、
ミズサキノートさんや三陸ジンジャーの菊池さんなどなど
食に携わる人がたくさん登場しています。
ミズサキノートさんがお店を構えるきっかけとなったのが
あのクラフトショップだったとは初めて知りました。

岩手の食をもう一度考える、そんな本ですよ。
ぜひお手にとってくださいませ。

ちなみに、今回見たライブはこちら


取材でレコーダーを使うのは座談会ぐらい。
読めりゃあいいのよ、の取材ノート。

© 2015-2021 てとて. All rights reserved.