T荘のこと
「T荘」とは、2015年5月まで盛岡市大沢川原にあった木造アパートです。
てとての活動は、2011年5月よりT荘の一室から始まり、
今もかたちを変えて続いています。
すでに都市伝説化(笑)しているあの場所について
盛岡市の老舗情報誌「街もりおか」にかつて寄稿させていただきました。
とある日の、オープンデイ。六畳二間の半分が“お店”になり、
残り半分ではワークショップなどを行っていました。
「か、か、か、借りますっ」。
古ぼけたアパートの前で、私は宣言した。平成22年夏のことである。
そのアパートー「T荘」は、市内大沢川原にあった。木造2階建てのアパートが2棟、どちらも昭和40年代の頭に建てられたという。大家さんが木材店を営んでいたこともあり土台や梁は堅牢で、アルミサッシには当時最新のものが使われた。
私が借りることになった時も、T荘は外見こそ煮染めた豆腐みたいな色をしていたが室内はきちんと手入れされていた。大きな窓のおかげで室内も明るく、その窓を開けると大沢川原の通りから風がすーっと入ってきた。「ここなら私が考えてきたことが形にできるかも…」妄想は日々膨らみ、2週間後、私は六畳二間の8号室の店子となったのである。
T荘。てとては手前の1階に入っておりました。
お隣はホームスパン作家T先生のアトリエでした。
T荘があったのは、盛岡市の大沢川原。
向かいにある「坂本製作所」は昔の町家のままで、
ガラス越しに鍛冶場が見えたものです。
あれから5年経ち、この界隈も大きく風景が変わりました。
実際、T荘は不思議なアパートだった。向かいの棟の2階には織物を楽しむ女性たちが部屋を借りていたし(夏には機音やおしゃべりが聞こえてきた)、某スポーツ協会の事務所も入っていた。私の借りた部屋の隣は染織作家Tさんの教室兼アトリエで、ここで開催された彼女の作品展を見に訪れたのがすべての始まりだったといっていい。だいたいアパートの一室で作品展を開けるなんて、東京ならいざ知らず盛岡では稀なことだった。そういう意味でT荘は、私のような妄想人間にとってまさにユートピアだったのだ。
いたって普通の木造アパートの玄関は小さく、
オープンデイの日は靴で埋まってしまうことも。
ちなみにおトイレは和式でございました…。
私個人の話をすれば、陶磁器にはじまって染織や木工、ガラスに金属等々手仕事の世界にはまって10年以上になる。フリーライターなので「趣味と実益を兼ねてますね」と言われるし自分でも言うが、正直、実益はあまりなかったと告白する。でも好きだからしょうがない、これも目養いだからと開き直って工房や作品展を訪ね歩いてきた。そうやって出会ったいろいろな作り手との交流が、結果として私の財産になった。
T荘で始めたのも、この財産を生かすことだった。「小さな手仕事市」と称して、交流のある(そして信頼できる)作り手の作品を集めて訪れる人に紹介をしたり、さまざまなジャンルの作り手を講師に、ものづくりのとば口を体験してもらうワークショップ「ママゴト会」も企画した。モノ(展示販売)とコト(ワークショップなど)を通して人と人とが出会う場所を作りたいという願いを込め、T荘の8号室に「てとて(手と手)」という屋号もつけた。
うつわ好きのセンサーを駆使し、
各地で作陶するつくりての器を集めました。県内はもとより東北や、
遠くは滋賀県からの器も並んでいました。
人気のカゴバックは西和賀町から、
福島や茨城の網組細工も並びました。
ほぼ思いつきで始めたのに、「てとて」は思いがけなく多くの人に受け入れてもらえた。オープンするのは月に数日というのが面白かったのかもしれない。人が行列して押し寄せるようなこともなかったが、客が来ない日というのも全くなかった。お客さんだけではなく、作品を快く提供してくれる作り手とイベントを手伝ってくれる仲間に恵まれたのも大きい。誰もがあの小さな空間を楽しみながら支えてくれていたし、出会った人同士で新しい計画がスタートすることもあった。そこに行けば何かに、誰かに出会えるかもしれない。そういう期待感が来る人の中に生まれていたような気もする。「場の力」のようなものが、T荘には確かに備わっていた。
工芸品やクラフトと一緒に野菜や果物、菓子やパンの販売もありました。
八幡平市のほうれんそう農家「岩本農園」さんも、てとての常連でした。
八幡平市の岩本農園さんと並び、てとてのオープンデイには
欠かせない存在だった雫石町の「山口農園」さん。
安心安全な野菜、秋の無農薬リンゴは予約も入るほどの人気でした
てとてのワークショップ「ママゴト会」。
六畳間に座卓を置いて、こんな風にほぼ毎月
さまざまなものづくり体験を楽しみました。
ママゴト会には毎回、必ず「福猫堂」さんがつくるおやつがつきました。
ワークショップの内容を考えながらメニューは変わりました。
こちらは、てとてスタッフのランチタイム。
まかない担当のちえさんが作ってくれたおかずも登場。
もぐもぐしながら接客、という場面も多々ありました!
オープン時間は16時まででも、片付けをしているうちに
あっという間に日が暮れて。
ワイワイとおしゃべりをしている時間が長かった。
T荘は昨年7月に、老朽化のために解体された。最後になった5月のオープンでは、部屋中をカラフルなチリ紙の花とおりがみの輪飾りで飾り付けた。「てとて」が活動していたのは4年だけだったが、最後のオープンはびっくりするほどたくさんのお客さんが来てくれた。そしてチープな飾り付けに吹き出し、アパートの解体を惜しんでくれた。
現在も、「てとて」はいろいろな店の一部をお借りして展示会を開いたりイベントなどへ参加している。それは全部、T荘時代に繋がったご縁。「場の力」は続いている。
2016年9月発行「街もりおか 585号」掲載
てとては2015年5月、T荘の取り壊しとともにこの場所での営業を終了しました。
最後の5月は5日間のオープンデイを開催。これまで携わってくれた
たくさんのつくりてさんに出品していただき、
室内の飾り付けもしていただきました。