忘れた頃に、更新するシリーズ
【ごはんとうつわ】
ごはん(食)やうつわ(クラフト)にまつわる徒然を
書いてみたり、過去記事を紹介していくコーナー
九州福岡の出版社「手の間」さんに寄稿させて頂いた記事の
第2回。ぬか釜について出てきます。
漬物とぬか釜ご飯ー「おいしい」の力を信じてみる
岩手の県南地方に「江刺」という米どころの地区がある。ここでお米を作っている小泉さんと会ったのは、ある食育イベントの会場だった。地域の農産物を子どもたちに味わってもらう主旨のバーベキュー大会で、小泉さんは持参の「ぬか釜」でご飯を炊いていた。
ぬか釜は籾殻を熱源にした炊飯道具で、ドラム缶を一回り小さくしたような寸胴の筒に羽釜を乗せたような形をしている(ものによっては煙突もつく)。寸胴は二重になっていて、外筒に籾殻を詰めてこれに火をつけ、内筒を昇る高温の熱で米が炊けるという仕組みだ。ガスが普及する昭和40年頃まで農村部ではぬか釜炊きが主流で、今も納屋の奥から使われなくなったぬか釜が出てきたりするらしい。小泉さんも10年ほど前に古いぬか釜を手に入れ、以来頼まれれば地域行事などで米炊きのデモンストレーションを行ってきた。
このぬか釜ご飯が、とびっきり美味しかったのである。
個人的好みだが、お米は少し硬めに炊いた方が断然うまい。飯一粒ずつにしっかりと弾力があって食べ応えがあるし、よく噛むことになるから米の甘みも存分に味わえる。もちろん、硬い=水の量が少なければいいという単純なものではなくて、浸水時間や火加減などこまごました条件も揃って初めて「食べ応えのある、甘いご飯」が“出現”するのだと思う。小泉さんの「ぬか釜ごはん」は、そんな私の理想を炊き上げたようなパーフェクトご飯だった。
小泉さんは「自分の手で何かを作りたい」と農業を志し、江刺で米づくりを始めて30年になるという。江刺は古くから県内有数の穀倉地帯で、地域産のひとめぼれは「金札米」と呼ばれ、食味ランキングで毎年「特A」を受けるほどの高品質。「同じひとめ(ぼれ)でも、他所の米とは味と粘りが違う。江刺の米は一粒一粒がしっかりしていても自己主張はなく、全体が調和しているんです」。自ら作る米への自負と信頼は、聞いていても気持ちがいい。
ぬか釜の炊き時間は40分ほど。一旦火をつければあとは釜にお任せで、電気炊飯器と変わらない簡単さだ。もっとも「最初は適当な水加減で炊いて、ビチョビチョになった」と小泉さんは苦笑する。うまく炊くコツのひとつが浸水時間の長さで、「昔みたいに前日に米を研いで漬けておいて翌朝炊くのがいい」という。早朝、農作業に行く前に水を切って火を点け、ひと仕事終えて帰って来る頃には家中に炊きたてご飯のいい香りが漂っているーーぬか釜は、そんな暮らしの時間をも思い起こさせる。
<つづく>