【食のあしあと】うこぎのほろほろ

【食のあしあと】うこぎのほろほろ

【食のあしあと】

食べ物は、その土地の個性や風土をよく表しています。
「食のあしあと」は、昔から食べられている食材や郷土料理、
長く人々に愛されている名物を探し出し、ほぼ主観でご紹介していく
イラストエッセイです。岩手はおいしいもんがい〜っぱい。

うこぎのほろほろ
春のはじめは美味なるオノマトペ

出来るだけ細かく刻むのも極意

マンサクの黄色から桜のピンク色へ、一気呵成に風景が七変化していく岩手の春。待ちに待った季節の到来と同じくらい、盛岡の人が楽しみにしているこの時期ならではの食べ物が「うこぎのほろほろ」だ。

メインの材料は「うこぎ」。生垣などによく使われている植物だ。
この新芽を摘んでさっと茹でて細かく刻み、これも包丁で細かく刻んだくるみと味噌大根と和える。炒めるでも焼くでもない簡便かつ素朴な一品だけど、これを食べると冬眠明けの熊よろしく「春が来たぁ」と胃袋が覚醒するのである。

芥子粒時代からよおく観察。
でないとあっという間に大きくなってしまう。

我が家には祖父が植えたうこぎの木があって、子供の頃からうこぎ摘みは春の大事なミッションだった。この辺りではうこぎの芽吹きは桜の花が終わった4月末頃からで、灰色の細い枝の節という節に芥子粒みたいな緑の芽がポツポツと点りはじめると、庭仕事をしながらも「まだだべか」「そろそろいいかな」とそわそわする。

そして旬はあっという間にやってくる。芽がひとつ開くともう、バケツリレーのごとく次々に葉が開きだすのだ。その、開いたばかりの薄緑色の若葉を選んで積んでいく。開きすぎると葉が硬くなるので出来るだけ若芽を積むが、この摘みごろの塩梅がうこぎマスターの極意。ほろほろは日持ちがしないので、食べる日に摘むのも我が家のルールである。

味付けのかなめは味噌大根。このために、うちでは出来るだけ塩辛い味噌大根を買っておく。くるみはアクセントでもありコクとほのかな甘みを添える素材でもある。「うちはクルミ多め」「味噌大根は○○○(店名)のに限る」など、家ごとのレシピも存在するのもさもありなん。
食べる作法は、ご飯にかけるだけである。そう好きなだけ。ただし重要なのはご飯は必ず炊きたでなければならないこと。熱い白飯と一緒になることでうこぎの香りが立つからである。熱々のところを頬張れば、青々しいほろにがさがふわっと鼻に抜ける。あ〜春だー。

開ききったうこぎの様子(花芽も出た)。
こうなるともう食べない。あとは生垣という本職に邁進。

「聞き書き 岩手の食事(農文協刊)」には、南部藩士が食べようとして箸からこぼれ落ちた様子からこの名がついたと書かれているが、よく考えれば「ほろほろ」に「あつあつ」ご飯、味噌大根とクルミの「カリカリ」と、オノマトペだけで美味しさが成立してしまうのが楽しい。
明快かつ豪快な春の味、さあ白飯を「わしわし」かきこもうではないか。

illustration by ENGAWA

 

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